2009 年 4 月 のアーカイブ

まずは足元の落ち葉を拾って、円を描いて…

2009 年 4 月 21 日 火曜日

まずは、足元の落ち葉を拾ってみてください。こうやって落ち葉を拾うことすら久しぶりだ、という方も多いのでは。その形、色、手触り、葉脈、虫くいの跡などを眺めているだけでも、口角が上がってきてしまいます。

さらに一歩前進して、小枝を拾って地面に円を描いてみてください。そこから童心に帰る方法をふたつご紹介しますので、ひとりで、カップルで、ファミリーで、しばし微笑みの時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。

地面に大・中・小の円を描いてダーツの的を作ります。ゲーム性を持たせたほうが楽しいので、中心から20点・10点・5点などと配点すれば「落ち葉のダーツ」の準備完了。

あとは、胸の高さから葉っぱを落として点数を競いましょう。高いところほど落下地点をコントロールしにくくなるわけですから、胸の高さを基準にすれば、大人と子供が一緒に競えます。

粋なおとなの乾杯のしかた

2009 年 4 月 20 日 月曜日

ここまで、乾杯の際グラスを合わせてはいけない場合と、合わせても構わない場合を説明しましたが、実はその中間もあります。

それは、グラスを持つ指と指を合わせる(触れさせる)という方法。ただし、同性同士や大人数でするものではありません。また、男女であっても気心の通じた相手でないと成立しませんから(変に誤解されます)、“粋なおとなのカップル向き”です。

例 えば、陶磁器のマグカップで乾杯する場合、前述までのセオリーに従えば、軽く上げて微笑みながら互いにアイコンタクトをするでしょう。そこを一歩進んだお となのふたりの場合、カップを持つ互いの指をさりげなく触れさせるのです。お酒や酒器、場の雰囲気を読む必要があるため、この乾杯が絵になるかどうかはお ふたりかかっていますが、だからこそ、粋なおとなのしぐさに映りますよ。

乾杯は、コミュニケーションの大事なひとコマ。フォーマルからプライベートなシーンまで、その場にマッチしたやり方で、気持ちを表してみてはいかがでしょうか。

暑中見舞いの書き方とマナー

2009 年 4 月 18 日 土曜日

相手によって書き方も違ってきますが、文面構成の流れに沿うと書きやすいでしょう。残暑見舞いも同様です。

1. 暑中(残暑)見舞いの挨拶
2. 相手の安否を気遣うことばや無沙汰をわびることば
3. 自分の近況など
4. 相手の健康や息災を祈ることば
5. 後付(日付、差出人名など)

あ えて「暑中お見舞い申し上げます」と決まり文句を書かず、「梅雨が明けて夏本番となりましたが、お元気ですか」「暑い日が続いておりますが、いかがお過ご しでしょうか」のように書き出しても構いません。ひと味違う暑中見舞いになりますね。暑中を過ぎたら「残暑が続いておりますが」とすればOK。

また、相手を立てて書くのも大切で、話題の順番は相手が先で自分はその後。書く位置も相手の名前や話題が自分よりも下にならないよう配慮しましょう。例えば「私は元気ですが、そちらはいかがでしょう」はNGです。

切手にも配慮するとお互いに楽しいでしょう。

節分の由来

2009 年 4 月 17 日 金曜日

そもそも節分とは何でしょう?本来、節分は季節の分かれ目である「立春、立夏、立秋、立冬の前日」のことをいい、年に4回ありますが、これが室町時代あた りから立春の前日だけをさすようになりました。なぜなら、春を迎えることが新しい年を迎えることでもあったため、最も重要だったからです。

昔は、季節の分かれ目には邪気が入りやすいと考えられていました。中でも重要なのは、年の分かれ目です。旧暦では新年が春から始まるため、立春の前日の節分は、大晦日に相当する大切な節目だったのです。
※立春のころに元日がめぐってきます。

古代中国では、大晦日に「追儺(ついな)」という邪気祓いの行事がありました。これは、桃の木で作った弓矢を射って、鬼を追い払う行事です。これが奈良時代に日本に伝わり、平安時代に宮中行事として取り入れられました。その行事のひとつ「豆打ち」の名残が「豆まき」で、江戸時代に庶民の間に広がりました。豆を“打つ”から“まく”に変わったのは、農民の豊作を願う気持ちを反映し、畑に豆をまくしぐさを表しているからです。

こうして、新年を幸多き年にするために、災いをもたらす鬼を追い払う節分行事が定着していきました。

TV誌の話「嵐乳」かよ~!

2009 年 4 月 16 日 木曜日

今日は子供を連れて、安いチェーン店のヘアーサロンへ。
新学期を前に、伸びきった髪をカット。
息子はいつも、「消防士カット」にするのですが、今日は「大野智」カットを希望。
大ちゃんよりもまだ髪が短いですが、なんとなーく近づけてもらいそれらしくなりました。
本人曰く「ニセ大ちゃんカット」だそうです。

カットを待っている間、隣の大型スーパーで恒例のTV誌を物色。
今回は、ガイドとジョン両方買ってしまった。
どちらか一つに決められな~い!!

だって、ガイドの「ザ・クイズショウ」翔ちゃん&横山の絡み・・・!(ほんとに色っぽいね。)
MCとディレクターが、こんな深刻な絡みをするって どーゆー事!?
気になります!!

更に嵐便「連載50&番組1周年SP」。たっぷりアラシちゃん。
4/30 5/7と2週続けて2時間SPなんですね。
WBCでつぶれた分その位やっていただかないと、納得いきませーん。ありがとう。
ところで、アノ大ちゃん椅子のシーンはどうなってるんでしょうね!?
これもまた、気になります。

そして、ついつい買ったジョンは、なんといっても宿題くんの「嵐乳」!!!
一目見て爆笑!!!!!!!(なんじゃこりゃぁ~~~)
ゲスト綾瀬はるか主演の「おっぱいバレー」にちなんでの相葉ランドでしょうか。

「おっぱい爆発ゲーム」

また、新たな伝説が生まれる予感。

そうそう、子供がTV誌を見て一言
「なんで、関ジャニに女の子がいるの?」
関ジャニ∞の大倉君を「女の子」と思っていたらしい。
歴とした男の子だよん。

戦争のお話ー1

2009 年 4 月 14 日 火曜日

数年前、かなり年配のおじいさんから聞きました、もぐもぐと小さな声で話されたので、全てを正確に聞き取れなかったので、僕の想像も追加してまとめています。

それは、日清戦争での話のようでしたが。

おじいさんは、塹壕の中から、鉄砲を撃っていました。とつぜん、ラッパが鳴り出すと、
少し、後ろから見方の兵隊が、敵陣目指して飛び出していきました。そうです、突撃兵が走り出したのです、するととつぜん、敵からの銃声は、さらにはげしくなり、鉄砲の弾の風切る音が、おじいさんたちのすぐ耳のそばを鳴り止むことなく聞こえます。

おじいさんの部隊の兵隊は皆恐ろしくなって、突撃兵の健闘を目で追う事もできず、塹壕の中で小さくうずくまってしまいました。しかし、休むことも無く、上等兵から「撃てて、撃て」「援護射撃だ」と、命令されました。

こわくて、塹壕から、目を出してうつことはできません、鉄砲を持ち上げる手をだすだけでもこわいのです、しかし、命令だから、かまわずにバンザイをするような格好で、目は塹壕の中で、鉄砲の引き金を引きました。

まだ、味方の突撃兵の靴の音が、すぐ近くに聞こえるにもかかわらず、塹壕から、鉄砲だけを出して、撃ちました、こわくて、見方の突撃への場所も、敵地の方向も、何にも見ることができません、頭を塹壕の中に隠して眼を閉じて、撃ちました。

戦線が一段落したとき、噂に聞きました、「突撃兵は、全滅した、全員戦死した」と。

おじいさんは、あれから何十年もたっていても、自分や自分の部隊が、見方の突撃兵を撃ち殺していたのではないだろうかと、その時の恐怖と後悔を忘れることができないようにもごもごと小さな声はなされました。

春の足跡

2009 年 4 月 9 日 木曜日

ずいぶんこの前、ニュースで蘇州の梅の花などが満開だと知りました。私のところにはまだ寒かったです。雪も降りました。

(三月下旬の雪で、春雪だね。あの雪は本当に美しかったですよ。柳も芽吹き始め、梅も蕾も付いていたの。ピンク色で、可愛かった。白い雪、浅緑の柳、ピンクの梅の花。浪漫的な景色でしたね)

テレビで満開の花の画面を見ながら、はやり春は最初に南のほうを尋ねたんだなぁと思っていました。

今、学校の梅の花も満開。草木に精霊が宿っていると信じている。だって、花の美しさに魅了されて、足が止まった私が酔ったように花の下に立っているもの。

春が南から北へ。花も南から北へ。花は春の足跡みたい。

ふと、新古今和歌集の二番歌を思い出した。それは後鳥羽院の「春のはじめ」を詠む歌で、
ほのぼのと 春こそ空に 来にけらし 天の香具山 霞たなびく
訳 ほんのりと春が東の空からやってくる。天の香具山に霞がたなびいているを見ると。(春が東の空からやってくるのは、やはり易の五行説に基づいているよね)

私が見た春は、南からやってきました。今ここの花が満開で、北のほうがきっとまだ「可愛い蕾」でしょう。

月を待っている

2009 年 4 月 9 日 木曜日

すごく機智で面白い和歌を読みました。新古今の423番歌です。歌人宮内卿は「雨後月」を題として詠んだのです。

月をなほ 待つらむものか 村雨の 晴れゆく雲の 末の里人

最初に見るとき、ちょっとわかりにくいと思いました。でも、何度も見てみると、本当に機智に富んだ歌だなぁと思うようになりました。作者がいる地点では村雨が晴れて清かに月が射してきたということを、婉曲に歌った。

ここでは雨が止みました。雲が晴れてゆく。いままで雲で隠された明るい月が見えるようになりました。そのような景色をを見ると、歌人が「その雲の今止っている所に、人々はやはりまだ月を待っているのでしょう」と思いついた。

それで、歌題の「雨後」を巧みに表現していた。

美しい和歌ですね。繊細で、艶も感じられます。


今、部屋からちょうど東の月が見えます。陰暦の十三日ですから、月は大きくて、「満月」に近い。やはり春なので、月が隠れもせず、照りもせず、霞んでいて、美しいです。

いま、西の人が、今私が見ていた朧月を待っているんでしょうか。

孤独の開く愛の扉

2009 年 4 月 9 日 木曜日

人が一番分からないこと、それは自分の心だと、どこかの賢者がいっている。まさしくそうだ。ちょっと自分の心の中を覗いてみてほしい。自分の素直な気持ちの周囲に何重ものバリアを張ってはいないだろう。中には、自分の気持ちすら見えなくなっている者もいる。
人は自分から好き好んで心にバリアを張るわけではない。世の中に順応しようと一生懸命生きているうちに、知らず知らずのうちにバリアを張ってしまうのだ。(翻译此句)そして、気がつくと、厚いバリアに囲まれて孤独に喘いでいる自分がいる。
「いや、人間は孤独ではない。すべての命は一つなのだ」という甘い言葉が行き交っている。しかし、そのような言葉に飛びついても、孤独は決して癒されない。
「昔、人間真ん丸い形をし、手足が四本ずつあった。ところが、あまりにも人間が強すぎたため、神様が嫉妬し、人間を二つに分けてしまった。それ以来、人間は自分の半身を求め、焦がれるようになった。

この逸話に従えば、人間は自分の一部を失ったゆえに、愛に目覚めたことになる。孤独な人間は大切な何かが自分に欠けていると感じている。だからこそ、愛を渇望するのだ。愛の渇望の強さは孤独の深さに比例する。
甚だ矛盾しているようだが、愛に囲まれて生きている人間は満たされているゆえに、本当の愛のありがたさに気づけないと言うことがよくある。逆に、孤独の辛酸をなめた人は、それだけ愛や思いやりの大切さに敏感である。
だから、この世には、出会いだけではなく、分れが用意されているのかもしれない。愛の達人になりたければ、分れの巧者になる必要がありそうだ。

人に感情があるのと同じように、組織にも社会にも感情がある

2009 年 4 月 2 日 木曜日

「人に感情があるのと同じように、組織にも社会にも感情がある」――あなたはそう思ったことはないでしょうか。組織や社会の感情が、1人ひとりの意識や行動に影響を与えて行きます。社会全体がこうしたネガティブな状況に陥っているときこそ、組織における情報の伝え方や感情の伝え方が、重要になります。

たとえば、社会問題化している「派遣切り」を伝える企業側の話を聞くと、その背後にあるその人たちの生活や家族の生活を、思いやる気持ちが見えないケースが多い。そうせざるを得ない苦しみや悲しみが伝わって来ないのです。

企業にとって、派遣切りがあたかも「当然の権利」であるかのように、無感情な言葉だけが流れて行きます。本当は痛みを感じている人たちも多くいるでしょう。無感情を装わなければ、耐えられないのかも知れません。

しかし、こうした無感情な言葉が、逆に相手の怒りの感情を呼び起こしてしまうのです。